大判例

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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)1724号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人岡本共次郎、同神山隆文の上告趣意第二点について。

食糧管理法三条一項は「米穀、大麦、裸麦又ハ小麦(以下米麦ト称ス)ノ生産者又ハ土地ニ付権利ヲ有シ小作料トシテ之ヲ受クル者ハ命令ノ定ムル所ニ依リ其ノ生産シ又ハ小作料トシテ受ケタル小麦ニシテ命令ヲ以テ定ムルモノヲ政府ニ売渡スベシ」と規定しているから、同条項違反の罪は米麦の生産者が命令で定められた米麦を所定の期限までに供出しないことによって成立するのである。而して同条項は生産者に対する供出の割当がその年度に生産した米麦を対象として行われることを予定しているものであるがその割当はいわゆる事前割当で予想収獲高に基いてなされるのであるからその実収高が予想に反し何等かの原因で予想収獲高に達しない場合もありまた時としては供出の割当数量にも達しない場合も起り得るのである。そして供出の割当数量が実収高以上であった場合には実収高を超える分については供出が不可能なのであるからその部分については供出違反罪の成立を阻却するものと解するを相当とする。本件において被告人は昭和二一年度の実収高は約九二俵であって供出割当が一〇六俵であったことは警察以来一貫して主張するところであり原審においてもその主張を維持していたことは所論のとおりである。そして原判決では被告人が命令を受けた割当数量が実収高の範囲内であることにつき何等判示していないのである。しかし被告人が原審で実収高以上の割当であると主張しているのは終局旧刑訴三六〇条二項の犯罪の成立を阻却すべき原因たる事実上の主張があったと認むべきであるから原審はそれに対する判断を示さなければならないにかかわらず原判決にはこれを示していないのである。従って論旨はこの点において結局理由があり原判決は破棄を免れない。

なお職権をもって調査するに本件公訴事実は、被告人は昭和二一年産米につき食糧管理法三条に基き青森県知事から政府に対し一〇六俵を売渡すべき旨の命令を受けたにかかわらず、昭和二二年二月二四日青森県告示三七号により指定せられた売渡期日たる同年三月一〇日までに一五俵を売渡したが残九一俵は売渡をしなかったものであるというのであって、いわゆる供出違反の事実である。ところが原判決の確定した事実は被告人は肩書地住居で農業を営み昭和二一年度には水田二町二反歩を耕作したもので、同年一一月中肩書富木館村長から同年度被告人の生産米から政府に売渡すべき数量を百六俵(四二石四斗)と定めた旨及びその米を同村農業会倉庫に寄託すべき旨の通知を受け、次いで昭和二二年二月二四日青森県告示三七号をもって同県における供出米を政府に売渡すべき期限を同年三月一〇日と定められ、ここに該期限までに前記割当てられた数量の米につき同県知事の定めた証印の表示を受け、同村農業会に寄託し終らなければならないことになったものであるにかかわらず、右期限までには十五俵(六石)を供出したのみで残九一俵については右証印の表示を受けずかつ所定の寄託をしなかったものであるというのである、そして右事実に対して原審は昭和二二年法律二四七号附則二条、同法律による改正前の食糧管理法三一条、九条、同法施行令八条、同法施行規則二条一項、昭和二二年青森県告示三七号を適用処断したのである。しかし原判決が前示のように残九一俵について証印の表示を受けずかつ所定の寄託をしなかったということは、結局期日までに供出即ち売渡の手続をしなかった事実を認めたものと解せられるのであるから右事実に対しては法三条、三二条、規則三条を適用すべきであって原判決のように法九条、三一条等を適用すべきものではない。けだし期日までに供出しなかった場合にはその途中で証印の表示を受けず農業倉庫に寄託しなかった事実があっても、それは供出の過程における一連の手続に過ぎないのであるから当然に供出違反の罪だけが成立するものと解するのが相当であるのみならず、法九条違反の罪は法三条違反の罪に比して遥かに重いのであって、供出の過程における手続違反の行為がその本体たる供出違反の行為よりもしかく重く罰せられるということは極めて不合理であるからである。従って原審が本件について前示のように法九条等を適用したことは法律の適用を誤った違法があるといわねばならない。従ってこの点においても原判決は破棄を免れないから他の論旨に対する説明を省略する。

よって旧刑訴四四七条、四四八条ノ二により主文のとおり判決する。

右は裁判官斎藤悠輔の反対意見を除き他の裁判官全員の一致した意見である。

裁判官斎藤悠輔の反対意見は次のとおりである。

本件犯罪当時における食糧管理法三条一項には、「米穀、大麦、裸麦又ハ小麦(以下米麦ト称ス)ノ生産者…ハ命令ノ定ムル所ニ依リ其ノ生産シ…タル米麦ニシテ命令ヲ以テ定ムルモノヲ政府ニ売渡スベシ」と規定し、同法施行規則一条には、「市町村長(略)ハ地方長官ノ指示スル所ニ依リ市区町村食糧調整委員会(以下委員会ト称ス)ノ議ヲ経テ関係部落毎ニ食糧管理法第三条第一項ノ規定ニ依リ政府ニ売渡スベキ米麦…ノ数量ヲ定メ且当該数量ニ基キ部落内ノ関係者ヲシテ当該部落内ノ米麦ノ生産者…ノ売渡スベキ数量ヲ協議セシメ委員会ノ審査ヲ経テ之ヲ定メシムベシ。前項ノ委員会ハ各市区町村毎ニ之ヲ置キ当該市区町村内ノ耕作者中ヨリ選出セル耕作者ノ代表者、部落実行組合長又ハ部落組合長及市町村農業会長等ヲ以テ構成スルモノトス。市町村長ハ第一項ノ規定ニ依リ定メラレタル米麦…ノ数量ヲ遅滞ナク当該米麦…ノ生産者ニ通知スルト共ニ之ヲ公示スベシ。市町村長ハ地方長官ノ指示スル所ニヨリ第一項ノ規定ニ依リ部落毎ニ定メラレタル米麦…ノ数量ヲ委員会ノ議ヲ経テ改定スルコトヲ得。市町村長前項ノ規定ニ依リ米麦…ノ数量ヲ改定シタルトキハ第一項後段及第三項ノ規定ヲ準用ス。」と規定されている。

従って、本件当時における米麦の生産者が政府に売渡すべきいわゆる供出割当米の数量については、法令上当該市町村長が、地方長官の指示するところに依り、委員会の議を経て、先ず関係部落毎にその数量を定め、次にその数量に基き、部落内の関係者の協議に依り、委員会の審査を経て、当該部落内の生産者の売渡すべき数量を定め若しくはこれを改定し、遅滞なくこれをその生産者に通知すると共に公示すべきものである。それ故、当該生産者は、右割当の通知及び公示がなされないか若しくは無効であるか又は一旦割当られた数量が正規の手続で改定されない限りは、法令上所定の期日迄にその割当数量の米麦を供出しなけばならないものといわなければならない。しかるに、多数説は「割当はいわゆる事前割当で予想収高に基くものであるから、供出の割当数量が実収高以上であった場合には実収高を超える分については供出が不可能なのであるから、その部分については供出違反罪の成立を阻却するもの」と解する。しかし、前述のごとく食糧管理法並びに同施行規則によれば、米麦の生産者に対する割当は、関係者の協議、委員会の審査を経べきものであって、必ずしもその年度の実収高を正確に測定して定めるものではないが、多数説のいうがごとき不確定な予想割当ではなく期日迄に供出すべき法令に基き確定された数量の割当である。従って、当該供出割当が仮りに実収高以上であったとしても、関係者の協議、委員会の審査等の際又は割当通知公示後遅滞なく異議その他正規の手続を以てこれが是正を求めるは格別漫然供出期日を徒過した後刑事訴訟の段階において抗弁として主張すべきものではない。なぜなら、生産米不供出罪は、食糧管理法令に基く行政処分による義務の不作為犯と解すべきであるからである。また、供出義務はいわゆる代替物の供出義務であって、特定物の引渡義務ではないから、多数説のように供出が不可能であると解することは理論上も実際上も是認することができない。更に、多数説は、実収高を超える割当であるとの主張は、結局旧刑訴三六〇条二項の犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張であると解する。しかし、同条項には明白に「法律上」なる三字を冠しており、法律上犯罪の成立を阻却するには、罪刑法定主義の要請上法文の上で明白に犯罪の成立を阻却する旨を規定していることを要するのである。しかるに、食糧管理法令には、かかる明文は存しないのである。

また、東京高等裁判所が同種の案件において、「食糧管理法第三条第一項違反の罪の判示には、被告人が米麦の生産者であるが法定の除外事由がないのに割当数量を所定の期日までにこれを供出しなかった旨を判示すれば足りるのであって、割当数量が実収高の範囲内であることや実収高が保有米を控除してもなお割当量以上である旨を判示する必要がないのである」と折角正当に判示しながら、結局「実収高を超える分の供出を義務づけても、これは難きを強ゆるもので期待可能性がないから、もし実収高が被告人の主張する通りの数量で而も前年度の余剰手持米もなかった場合は実収高を超える部分の不供出については被告人は責任なく犯罪の成立を阻却するものといわなければならない」としたのは(高等裁判所刑事判例集第一巻追録二四頁以下参照)法理において、多数説よりは勝れていると思われるが、明文上の根拠のないいわゆる「弛緩せる刑法理論」である点においては、同工異曲であって、ことに我国における現在のごとき道義の現状に鑑みるときは、敢て同調するをいさぎよしとしない。

しかのみならず、実収高を超える部分すなわち単一犯罪の一部の成立を阻却するというがごとき多数説等の説明は何等犯罪の成立を阻却しない単なる犯罪の数額又は範囲に属する犯罪の情状を犯罪の消極的な成立要件と混同するものといわなければならない。現に本件において米麦の割当数量一〇六俵のところ被告人は、その実収高は約九三俵二斗であり、保有米の数量は一九俵三斗二升六合であると主張し(勿論保有米のごときは割当数量から差引くべきものでないが仮に差引くべきものとしても)、しかも期日後供出した五俵を除き期日迄に供出した米の数量は僅かに一五俵に過ぎなかったというのであるから、被告人の主張自体によっても何等生産米不供出罪の成立を阻却しないこと明白であって、その犯情においても決して軽しとしないのである。それ故、本論旨は採用し難く、多数説には到底賛同することができない。但し、多数説中の職権に因る法律見解については、手段たる行為に対する刑罰が目的行為に対する刑罰より重いことのあるのは刑法五四条一項により何等怪しむに足りない点を除き反対しないけれども、かかる職権発動すること自体は、職権調査事項の範囲を逸脱した越権行為であって賛成することができない。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 塚崎道義 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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